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特許が無効に?

この話の登場人物

 T弁護士

商子(しょうこ)さん

製造会社に新入社員として入社し、知的財産部に配属された。

大学時代にともにバンドを組んでいたT弁護士の後輩。


 



しょうこさん、久しぶりですね。





しばらく仕事が忙しかったんです。実は、ご報告があります。






何ですか?




この度、知財部の業務で私が関わった出願が、初めて権利登録されたんです!!





おめでとうございます。





最初は分からないことだらけで頑張って調べてきたので、うれしいです!






お疲れ様でした。





でも、ちょっと意地悪な同僚の子から、「無効にならなければいいけどね!」なんて言われちゃったんです。





ほお。





特許が無効になんてならないですよね?






絶対に無効にならない・・・とは言い切れないかもしれません。一般論としてですが。




うそ!? あんなに頑張って登録してもらったのに、無効にされてしまうこともあるんですか?





実は、第三者を権利者として登録された特許を無効とすることを求める手続があるんです。




「審判」ってやつですか?





正解です。「訴訟」と「審判」の違いは分かりますよね?





ええと、、「審判」は裁判所じゃなくて特許庁が判断をするんでしたっけ?






そうです。特許庁の審判部が判断をします。特定の特許を無効とすることを求める審判を、特許無効審判といいます。




一体誰が、せっかく登録された特許を無効にするよう求めるのですか?





特許無効審判を請求することができる者は、「利害関係人」とされています(特許法123条2項)。特許の無効を求める「利害関係人」として、誰が想定されますか?



登録された特許が、邪魔になってしまう人ですよね? ・・あ、特許登録された技術を使いたい競合他社とか!





そうですね。





審判手続では、特許登録が間違ってたって主張することになるんですか?





はい。特許無効審判において、特許の無効を求める者は、登録された特許が特許登録の要件を欠いていたなどと主張して、その有効性を争うこととなります。

※特許の登録要件については「特許って何?②(特許登録の要件)」を参照。https://www.chizai.info/post/tokkyo2




でも、実際に特許無効審判で無効にされてしまう確率って何%くらいなんですか? 滅多にないですよね?





うーん、大体15~20%くらいですかねえ・・・。





え、思ってたよりも高い!でもそれって、単なるT先生の感想ですよね?





そんなことないですよ!毎年特許庁が発表している統計があり、特許無効審判の請求が認められる確率は、概ね10%~25%程度で推移しています。



2017年

2018年

2019年

2020年

2021年

請求件数

161

159

113

121

106

請求成立

35

19

26

28

17

請求不成立

108

84

102

60

57

取下・却下

108

84

102

60

57

請求成立/請求件数

14.9%

11.9%

23.0%

23.1%

16.0%

※上記表のデータは、特許庁公表の「特許行政年次報告書2022年版」72頁から引用。





特許が登録されてしまえば、絶対に大丈夫というわけではないんですね。





特許無効審判の結果、特許を無効とする審決が下された場合、これに不服がある特許権者としては、審決取消訴訟を提起して裁判所で争うこととなります。。





無効の判断をさらに取り消してもらうって・・・。どんどんややこしくなってきた。。。





ここで問題です。特許が無効であると主張したい場合、特許無効審判とは別の方法もあります。さて、どのような方法でしょうか?





今日の話は難しくて分からん・・・。特許無効審判じゃないのなら、、、「特許無効訴訟」ですか!あてずっぽうですけど!





え~、半分正解で、半分間違いのような・・・。






どういうこと!?





裁判手続において、特許が無効であることを主張するという意味では正しいです。でも、訴訟の原告が、いきなり特許の無効確認判決を求めることは認められていません。




え?じゃあ特許の有効性について、どうやって裁判で争うんですか?





特許権者から権利侵害を主張された場合に、カウンターとして、あなたの特許は無効であり権利行使は許されません、という反論を提出するのです。「特許無効の抗弁」といいます。




それは強力なカウンターですね。下手に権利侵害を主張すると、「特許無効の抗弁」というカウンターを食らって、特許が無効になってしまうおそれがあるのか・・・。





「特許無効の抗弁」は、最高裁平成12年4月11日判決・民集54巻4号1368頁(キルビー事件判決)で初めて認められた抗弁です。特許に関して3本の指に入るくらいの超重要判例なので、よく覚えておいてくださいね。




はい!・・・でも「キルビー」って何?






「キルビー」とは人物名です。ジャック・キルビー氏というノーベル賞受賞者で、集積回路(IC)の発明者として知られています。





へええ。じゃあ、ノーベル賞受賞者が発明したすごい技術だったのですね。




ところが、キルビー事件で問題となった特許は、親出願から分割された分割出願であり、分割元の親出願の発明とは実質的に同じ権利範囲にあるものでした。キルビー事件の訴訟提起後、親出願の発明について、公知技術から容易に発明できるという理由(進歩性なし)での登録拒絶が確定しました。そこで、キルビー事件で特許侵害を主張された相手方は、登録拒絶された発明から分割された同じ権利範囲にある発明についての特許は、同じく進歩性を欠き無効であると主張したのです。




う~ん、それなら当然に無効としても良いような・・・。





しかし、当時(キルビー事件判決より前)は、特許の有効性については、裁判所ではなく特許庁が判断しなければならないと考えられていました。特許無効審判における無効審決が確定しなければ、裁判所がみずから特許を無効と判断できなかったのです。





そうだったんですか。




キルビー事件判決で、最高裁は、特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止めや損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用にあたり許されないと判示しました。最高裁は、特許権の行使が権利濫用にあたるか否かの判断枠組みの中で、裁判所みずから特許の有効性を判断することを認めたのです。



なるほど。





キルビー事件判決の後、平成16年改正によって特許法104条の3が新設されました。同条文において、無効とされるべき特許についてはその権利行使が認められないことが明文化されています。





最高裁の判決が特許法の条文になったわけかぁ。画期的で重要な判決といわれるわけが分かりました。





キルビー事件判決以降、特許権侵害訴訟では、大半の事件で、権利侵害を主張された相手方から権利無効の抗弁が提出されるようになりました。




権利無効の抗弁が提出されたときは、どれくらいの割合で特許が無効と認められるんですか? さすがに権利無効の抗弁の統計なんてものは無いと思いますけど。






あります。





あるの!?





知財高裁が、平成26年から令和4年までに東京地裁又は大阪地裁へ提起された特許権侵害訴訟に関する統計を作成しています。その中で、権利無効の抗弁の有無や特許の有効/無効の判断の件数が公表されています。



権利無効の抗弁なし


権利無効の抗弁あり

565件

抗弁の成否の判断なし

抗弁の成否

の判断あり

186件

28

9件

276件

特許有効判断

特許無効判断

143件

146件

※上記表のデータは、知的高等裁判所公表の「特許権の侵害に関する訴訟における統計(東京地裁・大阪地裁、平成26年~令和4年)」から引用。




権利無効の抗弁が提出される事件が全体の4分の3もあるのかぁ。






権利無効の抗弁が主張された事件のうち約半数では、裁判所により特許の有効性について判断が下されています。このうち、裁判所による有効か無効かの判断は、ほぼ半分ずつという状況です。





うわあ、特許無効審判よりも権利無効の抗弁の方が、権利が無効とされる確率が高いようにも見えますね。それなら、特許が無効であることを求める場合には、権利無効の抗弁を主張して裁判所で争う方が良いのかな?





ただ、権利無効の抗弁が認められ、裁判所が特許を無効と判断したとしても、その判決の効力は、訴訟の当事者間にしか及びません。判決によって、特許が他の人との関係でも、難しい言葉では「対世的に」といいますが、無効になることはないのです。




それなら、特許を無効にして誰でも技術を利用できるようにしたいときには、やはり特許無効審判で無効の審決を求める方が良いですね。




特許権侵害訴訟と特許無効審判が並行して係属することも、めずらしくありません。特許庁と裁判所との判断に齟齬を生じるおそれがあることや、当事者への手続の二重負担等の問題があり、両手続間の調整を図ることが長年の課題となっています(いわゆる「ダブルトラック」の問題)。




特許が無効であることを求める場合に、特許無効審判で有効と判断されてしまっても、裁判所で権利無効の抗弁を主張してワンチャン逆転を狙うことはできますか?




いいえ。知財高裁平成30年12月18日判決・判時 2431・2432号206頁(美肌ローラ事件)では、特許無効審判において有効審決が確定した特許について、同一の事実及び同一の証拠に基づき特許無効の抗弁を主張することは、特段の事情がない限り、信義に反し許されないとの判断が示されています。




ところで、さっきT先生は、キルビー事件判決は特許に関して3本の指に入るくらいの超重要判例って言ってましたよね。その他の超重要判例って、どんなのがありますか?





そうですね。均等論についてのボールスプライン事件判決も、必ず勉強しなければならない重要な判例です。じゃあ、次回は均等論について説明しますね。






それではまた次回!





(2023年9月11日公開)

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